2014年8月1日〜15日
8月1日 セイレーン〔わんごはん〕

 バカにされた。
 
 夏休みでみんなの家にご主人様が帰ってきている。みんなのご主人様は夜、何回もセックスをする。

「発情しっぱなし。昨日は5回」

「うちは7回だよ。脱腸しそう」

「おまえのうちは?」

 ぼくは答えた。

「一回」

 それに毎日はやらない。そう言うと、みんな気の毒そうな顔になった。

「おまえのとこは日本人だからな」

「仕事ばっかりしてっから、犬抱く元気もないんだ」

 そんなことないよ、と言うが、

「おまえさ」
 
 ひとりが言った。

「別のやつに抱かれてみな。世界変わるぜ?」


8月2日 セイレーン〔わんごはん〕

 ばかめ。ばかめ。
 ぼくのご主人様は最高だ。

 一回だって、十分満足だ。すごく可愛がってくれている! ほかのやつ? 毛むくじゃらの白人やアレが定規みたいに細長い黒人に抱かれてみろって? 

 ごめんだ。七回も八回もやったって疲れるだけだ。

 ムカムカしながら買い物をしていると、魚介コーナーで気になる広告が目に入った。

「精力増進にはコレ! 今夜はわんちゃんを寝かせません」

(……)

 ぼくは大量にそれをカートに入れた。

 今夜は新メニュー。カキのミルフィーユだ!


8月3日 ウォルフ〔ラインハルト〕

 仕事で面倒くさい状況に陥っている時、ラインハルトから電話がきた。

『テレビが壊れたんだけど』

 ……は? 

『テレビが急に切れた。点かない』

「今、おれに言うことか」

『今夜、サッカーの試合があるんだよ。どうしたらいい』

「あのなあ。修理屋に電話するなりしろよ」

『今日、休みなんだってよ。ちょっと見てよ』

「今、おれは仕事で客の電話待ってる状態で」

『もういいよ。ばーか!』

 切られた。



8月4日 ウォルフ〔ラインハルト〕

 昼休み、オフィスを抜けてインスラに帰る。
 
 ラインハルトは傾いたテレビの前で寝ていた。
 テレビの裏が開いている。

 あちこちいじってみたら、電源の制御回路に問題があることがわかった。電圧レギュレーターを交換して、電源を入れたら点いた。

 作業の間中、やつはスカスカ寝ていた。
 おれは仕事に帰る前に、やつの太股を蹴飛ばした。

「あ」

「今晩、ちゃんと飯作れよ!」


8月5日 ウォルフ〔ラインハルト〕

 ふたりの主人から交互にわんわん喚かれてげんなりした。
 さらにふたりの友だちという野次馬や、家令からも問い合わせがあり、我慢も限界。

 残業せず、帰る。ペドロが

「ジェリーと飲みにいくんですけど、いっしょにどうです?」

 と誘ってくれたが、ラインハルトに飯を作らせている。断って帰った。
 だが、――。

 ラインハルトはソファでテレビに釘付けになっていた。夕飯の支度はない。用意している気配もない。

「座れよ。いま、1−1」

 おれはきびすを返した。

「喰ってくる」


8月6日 ウォルフ〔ラインハルト〕

 たいしたことじゃない。大の大人が色をなすようなことじゃない。
 だが、不愉快な思いで噛みしめる肉は咽喉につまった。ビールで流し込むが、味がない。

 ――あのわがまま男。ひとをこき使いやがって。なんだと思ってんだ。

 いや、たいしたことじゃないが。
 クソ、ひとの食事なんぞ微塵も考えてなかった。
 いや、飯はどうでもいいが。

「何、食ってるの?」

 ラインハルトがテーブルの前に現れた。勝手に前の席に座り、笑って言った。

「試合、PKで勝ったよ。見ればよかったのに」

「……」


8月7日  ウォルフ〔ラインハルト〕

 彼は自分も料理を頼み、試合の話をした。

 やたらと見つめる。機嫌をとっている。
 おれはひとことも返す気になれない。黙って飯を飲み下す。

「テレビありがとう」

 ラインハルトは観念して言った。

「夕飯、作ろうと思ったんだけどさ。また寝ちゃって」

「……」

「仕事忙しかった?」

「……」

「明日、おれベントー作ってあげようか」

 くそ。こうやって機嫌をとってくるから、結局うやむやにしてしまう。

「……明日は仕事だろ」

「でも、作るさ」

 こっちが返事をすると、やつはニヤリと笑った。まったく!


8月8日 ジャック〔バー・コルヴス〕

「おれは仕事柄、甘ったれてくるやつには慣れてる」

 お客様はグラスをもてあそびつつ言いました。

「いろんな男や女がおれに訴えかけてくる。仕事が欲しい、保護が欲しい、愛情が欲しい、名誉が欲しい、もっと認めてくれ、愛してくれ」

 それはいい、と彼は言った。

「それがおれの仕事だし、おれはそういうやつらが好きなんだ。懸命に生きているやつらが。だが、あいつは何もねだらない」

 彼は小さくため息をつきました。

「会いたいとすら言わない」

 その時、電話が鳴りました。


8月9日 ジャック〔バー・コルヴス〕
 
 わたしが電話を受けている間も、彼はひとりごとのようにしゃべっていました。

「欲しがらないわけじゃないな。欲しいんだろうが、おれからもらえると思わないんだ。他人からもらえるって信じてないんだろうな。あいつには愛情深いマンマがいなかったから」

「ご主人様」

 わたしは言いました。

「エディングスさんが、携帯の電源を入れるように言ってますが」

 お客様はおどろき、急にいそいそと電話を取り出しました。

「終わった? 忘れられたかと思った! え? ああ、電源。そうね。探したんだ?」


8月10日 劉小雲〔犬・未出〕

 結局、ぼくはアフリカに帰ってきました。

 ご主人様はヴィラのゲートに入る直前、車を止めてまた聞きました。

「いいのか」

「いいですよ」

 ぼくは言いました。

「ご主人様が大事にしてくれるからいいんです」

「――おれを」

「好きかどうかわかりません。あなたも悪人なんですから、そんなこと聞かないでください。でも、――居心地がいいから、ぼくはいいんです。没問題(ノープロブレム)」

 彼は泣き笑いのような顔になりました。

「……おまえ、けっこうドSだよな」


8月11日 劉小雲〔犬・未出〕

(あいつ、バカだなあ)

 ご主人様が帰ると、ぼくは何かにつけて思い出し、ひとりで笑いました。

 旅行中、彼は富士山を見ても、金閣寺を見ても、うわの空でした。
 ホテルに泊まる度に財布を出しっぱなしにしていた。パスポートも。レストランで食事をすると、トイレといって財布を置いていった。

 露骨すぎて、ぼくが泥棒の心配をしなきゃならないほどでした。ヴィラに帰ってきたら、よほど安心したのか、ガキみたいにわがままいって、へんな癇癪起こして。

 ――バカだなあ。


8月12日 劉小雲〔犬・未出〕

 京劇役者のヤンとしゃべった。
 日本のこと、祖国のこと。ヤンは年に数回帰り、京劇院の公演に出る。

「空気がひどい」

 毎回言う。役者だけに咽喉が心配になるのだ。

「でも、北京の京劇ファンの『ハオ!』は特別だからね。あれがないと京劇役者はやっていけない」

 そうだ。汚くても、でたらめでも故郷にしかない気安さ、いとしさがある。ネギ餅や胡同、路上の出稼ぎの農民さえなつかしい。でも、ぼくは帰れない。国家はぼくを受け入れない。
 そして、最近、それもいいと思っている。


8月13日 ロビン〔調教ゲーム〕

 なつかしの我が家。
 ひさびさの自分のベッドはやはりからだになじむ。

 いろいろあったけど、エキサイティングな旅行だった。いや、ホント。いろいろあったわ。

 初日、ご主人様はプライベートジェットの中で、おれたちにどこに行きたいか聞いた。
 行く場所を選ばせてくれるというのだ。おれたちは興奮した。

「東京!」

「新幹線に乗りたい」

「京都ははずせないだろ」

「ウドンの国」

「水戸黄門の通ったルートは?」

「温泉」

「海! 釣り」

「ランダムはTDLがいいって」

「あとご主人様の家!」

「それだ!」


8月14日  ロビン〔調教ゲーム〕

 ご主人様はもてあましたのか、おれたちに地図を渡し、自分たちで決めるよう言った。
 日程は十日。十日後、ご主人様が休暇をとれるからだ。たった三日!

 フィルが最初に我にかえった。

「移動時間を考えよう」

 おれたちは地図を見てうなった。

「10都市?」

「新幹線は早いだろ」

「でも、駅でまごつく時間がある」

「東京近郊はご主人様といっしょに最後の三日にめぐるってのは?」

「それでも日光と鎌倉とTDLはちょっと離れてないか。シブヤと皇居に行く暇が」

「ご主人様、四日休みません?」


8月15日  ロビン〔調教ゲーム〕

 空港にはケイが迎えに来ていた。

「行く場所は決まったかい?」

 彼は日本人らしく挨拶もそこそこに予定を聞いてきた。
 おれたちは長い長い希望をまくしたてた。案の定、ケイはあきれた。

「そんなにつめこむと、どこも車窓から見る程度で移動しなきゃならないけど?」

 フィルが肩をすくめた。

「わかってる。きみが決めてくれよ。ぼくたちは舞い上がりすぎてる」

 彼はおれたちにそれぞれ希望を紙に書かせた。移動の車でおれたちがはしゃぐのを尻目に、紙を睨み、いくつも電話をかけていた。


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